福岡県の春日市と大野城市にまたがる現在の航空自衛隊~県立春日公園~九州大学筑紫キャンパスあたりを散歩した。このあたりは1973年まで米軍基地であった。基地と云っても管理部門と住宅からなる施設だった。役所では「板付基地 春日原住宅地区」という。通称、春日原ベースとも、白木原ベースとも云ったらしい。この基地は板付基地*1(現在の福岡空港)のannex(付属)の扱い。
米軍基地跡地の散歩は愚ブログの定番である(レコンキスタ史跡探訪)。九州に来てからは;
★福岡散歩:西戸崎(さいとざき)⇒ 国営・海の中道海浜公園/旧キャンプ・ハカタ/Brady Air Base
ikagenki.hatenablog.com★ 大分散歩3:別府、キャンプ・チッカマウガ跡地
ikagenki.hatenablog.com★ 福岡県散歩:遠賀郡芦屋町、JR遠賀駅⇒ 航空自衛隊芦屋基地 /Ashiya Air Base、米軍ハウス、イカ丼、遠賀川河口
ikagenki.hatenablog.com西戸崎、芦屋、別府に続く第4弾;
春日原ベース跡

1.JR大野城市駅、2.白木原、3.春日公園:春日高校付近、4.春日公園:牛頸川 公園前橋、5.九州大学筑紫キャンパス 春日門、6.三兼池、7.春日5丁目付近、8.瓦田付近、9.大野城心のふるさと館、10.JR春日駅付近


引用元:大野城市資料
■ 1.JR大野城駅

■ 2.白木原(旧基地外地域)
▼ 米軍ハウス1
列車で大野城駅に着く前に車中から見えた。当初、西口から出て春日公園に行くつもりだったが、さっそく見る、米軍ハウス。


この建物がなぜ米軍ハウスであると推定される理由は、建物の部位の特徴。例えば、出窓。さらにこの出窓の下が斜めになっていること(ソース)。壁はモルタル*2。モルタルの下地は土壁()とのこと(ソース)。


引用元:大野城市資料
▼ 米軍ハウス2



◆ 巷の米軍ハウス
おいらが九州に来て認識したことが巷の米軍ハウス=基地外米軍住宅。おいらが想起する米軍住宅といえば、過剰ともいえる、広い緑の芝生にある白亜の住宅。典型的にはワシントンハイツのようなもの。それらは基地内のものだ。フェンスの向こうだ。下記参照。
ところが、九州では巷の米軍ハウスがつくられ、今でも少なからずが残っている。おいらは、芦屋で遭遇した(上記愚記事:福岡県散歩:遠賀郡芦屋町、参照)。板付基地周辺では基地外に1000戸以上の米軍向け住宅が建設されてとのこと。その理由は朝鮮戦争の勃発だ。朝鮮戦争の前線基地となった板付空軍基地は十全に稼働することになったからだ()。芦屋も同様。これは朝鮮戦争で出撃した陸軍部隊の基地であったおいらの田舎のキャンプ・クロフォードとは対照的だ。札幌では基地外の米軍専用住宅などは聞いたことがない。仙台もそうだ。




■ 3.春日公園:春日高校付近へ
JR線を地下道で潜って渡る。徳府地下道*3。

■ 3.春日公園:春日高校付近






■ 九州大学




大野城駅口 旧基地外域へ出る
■ 6.三兼池へ
九州大学の敷地を東側の大野城口から出て、南下。春日ベースの南側は当時「dependent house」と呼ばれた米軍住宅地区であったらしいと1960年代の航空写真からわかる。果たして記録にもそうあった(下記図z)。dependent house [ディペンデント ハウス]のdependentは扶養者、扶養家族のこと。すなわち、扶養家族をもつ米軍人のための家族住宅。なお、dependent houseという言葉は現在廃止されているようだ。(立派な)男性軍人の外征に従ってくる専業主婦の女とその子供たちというあり方が現代の政治的正しさから逸脱しているからだろう。現在はfamily house という。

▼ 基地内の住宅跡



航空写真で写っているディペンデントハウス(基地内米軍家族もち軍人用住宅)の画像↓

引用元:大野城市資料

図Z 板付基地春日原住宅地区内の施設配置図 (引用元:大野城市 戦争遺産報告書)
かつて、愚記事「札幌郊外の"ワシントンハイツ";幻と現(うつつ)の五輪を挟む敗戦・占領・DH(ディペンデント・ハウス)」で基地内の住宅(dependent house [ディペンデントハウス]=扶養者・家族住宅)

航空写真:東京・代々木・ワシントンハイツ(左)、札幌・真駒内・キャンプ・クロフォード(右)[A:交叉点、B:三叉路、X:現在の真駒内団地交番、Y:現在の地下鉄真駒内駅、Z:大きな建屋、a-a':用水路]
両住宅地とも曲線道路で特徴づけられる。道をつくって、住宅を配置。
この「曲線道路で特徴づけられる」ということが、この春日ベースでも認められていた。
現在では曲線の道路までも痕跡は失われている。当時を忍ぶものは何もない。
▼ 三兼池

三兼池 google
■ 三兼池 → 7.春日5丁目付近

▼ 春日南通り


ポスト?「コロニアル風」建物。もちろん、最近の建物です。

自衛隊施設:航空自衛隊 春日基地 南地区
外からは中が全く伺い知れなかった。ググって鳥瞰を得た↓

春日南通りを大野城駅へ向かう。春日ベース時代には下記施設があった場所。何も残っていない。

▼ 板付基地春日原住宅地区の当時の画像




▼ 大野城駅

▼ 旧白木原ベース通り

昔の面影はない旧白木原ベース通り。東京は原宿の表参道は現在高級ブランドの旗艦店など文化・流行の中心となっている。これは「ワシントンハイツ」のアメリカ人を相手にする商売の発展したものだという。春日・大野城の「表参道」であった?白木原ベース通りの現在。
ワシントンハイツ(現在の代々木公園一帯)と表参道の関係は、戦後の日本における「洋風文化の発信源」としての深い繋がりがあります。Kruse少佐らが手がけたワシントンハイツが隣接していたことで、表参道は「アメリカ村」の門前町のような役割を果たし、現在のファッショナブルな街並みの基礎が作られました。 (google)
米軍駐留時代の記憶と証言;
業種により白木原ベース通りの出店地域に片寄りがあり、バーが全体の7割近くを占めた飲食業は、西鉄白木原駅付近の白木原ベース通りと北側の裏通り周辺に集中していた。白木原在住 70 代男性は「あのころ、学校の先生は小学生や中学生は線路から向こうに行くなと言っていた。それは、立ちんぼの女性たちがいっぱいいたから。女性たちは腕に巻いている布の色で、黒人相手か、白人相手か示していた。右腕に白い布なら白人、左腕に赤い布なら黒人という具合であった。店にも黒人専用、白人専用の店があって、黒人が白人専用の店に入ったら、ピストルでずどんと撃たれた。その際には、MP が大きなシェパードを連れて出動していた。」と証言する。
パンパンの腕章という話を初めて知った。google AIには出てこなかった。
▼ 米軍ハウスA



▼ 米軍ハウスB



■ 9.大野城心のふるさと館へ

牛頸川


大野城 心のふるさと館:公式 web site
心のふるさと館は、「ふるさと大野城」をまるごと体感できる市民ミュージアムです。歴史・こども・にぎわいをキーワードとし、これらの機能の融合によって、多様な利用目的で、世代を超えた交流を深めることができます。
学びと体験のフィールドを市全域に広げていく拠点施設として他の施設と連携し、まちのにぎわいづくりにつながる事業活動を展開します。


■ JR春日駅に向かう
そのため、福岡日田線を北上。昼ご飯をいただく。

想夫恋 大野城店 食べログ


西鉄線をくぐり、東へ向かう
■ 米軍ハウスC


■ 春日公園



■ JR春日駅付近:自衛隊、北ゲート跡


福岡空港に着陸する飛行機がこの付近で旋回し北上するようだ。

▼ 航空自衛隊 春日基地 (公式 web site)

この基地は西部航空方面隊の司令部があるとのこと(wiki)。航空方面隊は全国で4つしかなく、そのうちの一つ。重要な施設だ。
防衛担当区域は九州・中国・四国地域であり、日本海南部の警戒のほか、東シナ海方面に対する要撃などを行なう。(上記wiki)
この地には滑走路はない。司令部と併せて、春日ヘリコプター空輸隊(wiki)もいる。実機は福岡空港内の航空自衛隊施設で運用(google)。

▼ JR春日駅

1989年にこの駅はできたとwikiにある。つまり、米軍駐留時代にはなかったのだ。
JRに乗って北九州市に帰った。



